2019年、各所で「東京大改造」が進むなか、都市開発に関わるデベロッパーとクリエイターにより始まったトークセッション「202X URBAN VISIONARY」。いよいよシリーズ10回目を迎えた今回は「東京・TOKYO | 都市における産業生態系の行方」をテーマとして、本企画スタートの地である、渋谷キャストで開催されました。セッションの原点に立ち戻りつつ、さらなる未来を語り合う議論が展開されました。
司会進行をつとめたのは、パノラマティクスの齋藤精一さん。齋藤さんと同じく初回から参加する建築家の豊田啓介さん、リージョンワークスの後藤太一さん、事業者として東急の山口堪太郎さん、三井不動産の佐々木誠さん、三菱地所の雛元昌一郎さん、森ビルの中裕樹さんが登壇しました。そして初参加となる東京大学副学長・大学院新領域創成科学研究科教授の出口敦さんを迎え、東京の産業生態系について深堀りする意見を出し合うことで、まちづくりの捉え方や方策について議論を深め横断的なアクションを提言する回となりました。
【登壇者】
齋藤精一(パノラマティクス主宰)【司会進行】
豊田啓介(東京大学 生産技術研究所 特任教授、建築家、noiz/gluon)
後藤太一(リージョンワークス合同会社 代表社員)
出口敦(東京大学副学長・大学院新領域創成科学研究科教授)
山口堪太郎(東急株式会社 デジタルプラットフォーム デジタル戦略グループ)
佐々木誠(三井不動産株式会社 S&E総合研究所 上席主任研究員)
雛元昌一郎(三菱地所株式会社 コマーシャル不動産戦略企画部 ユニットリーダー)
中裕樹(森ビル株式会社 タウンマネジメント事業部 運営部 麻布台ヒルズ運営グループ チームリーダー)
齋藤さんは今回10回目を迎えたことを踏まえ、これまでに行われた多彩な議論の内容を簡単に振り返りました。また前回に続き、同時期に開催された『TOKYO CREATIVE SALON』を齋藤さんが統括したことに関連し、東京の都市における「産業の生態系」のテーマを扱うことに言及。今回は議題を明確にするため、出口さんに準備いただいた内容を最初に話してもらうことが紹介されました。
テーマは「東京の“イノベーション・クラスター”」です。出口さんは、最近ではスマートシティに関する研究を行い、『Society5.0のアーキテクチャ 人中心で持続可能なスマートシティのキーファクター』という本を出版しました。また出口さんは東京大学で都市計画学とアーバンデザインを専門にした研究をしており、まちづくりを進めるための公・民・学連携拠点UDCK(柏の葉アーバンデザインセンター)のセンター長と、その仕組みを普及させるためのUDCイニシアチブという支援団体の代表理事をつとめています。
出口:まずスマートシティの意義について、時代の変遷とともに振り返ります。1960年代の高度成長期はメガストラクチャーの時代でした。霞が関ビルディングから超高層ビルが建ち、丹下健三先生がアーバンデザインというデザイン領域を提唱しました。その頃のキープレイヤーは百貨店で、郊外開発に関しては公団でした。
1980年代に入ると「まちづくり」という言葉が全国に波及していきます。キーワードは地区や街路の「コミュニティ」です。この頃の最大の不動産の所有者は、生命保険会社で、郊外ではショッピングモールが出始めました。
2000年代に入ると、都市再生政策の下で特区制度が生み出され、大きな街区で拠点開発が推進される素地ができました。ここでは、大手デベロッパーや鉄道事業者が台頭してきます。
2020年代に「スマートシティ」の考え方が入り、世界的なブームとなります。そして職住近接の「イノベーション・クラスター」を形成し、スタートアップを生み出すモデルが注目されています。そのときのプレイヤーは、大学であろうと考えています。
先日久しぶりに米国のボストンを訪れ、その思いを強くしました。ボストン空港の西側に位置するサウス・シーポート地区は「イノベーション・ディスクリクト」として開発が進められ、公園の中にインキュベーション施設を設けるなどスタートアップを支援する施設や魅力的な公共空間がつくられています。またAmazonがビルを建て、リーボックが拠点を構えています。一方、ケントランド地区ではMITをアンカーとし、他にタフツ大学やボストン大学をアンカーとしたイノベーション・ディストリクトが形成されています。
ボストンでは通称「ビッグディッグ(Big Dig)」という都市インフラ開発のプロジェクトが有名です。これは、渋滞で有名だった高架道路を地下化して空港やダウンタウンへのアクセスを改善し、高架道路があった地上面を線形の公園や歩行者空間として再整備したプロジェクトです。このビッグディッグにより整備された地下の幹線道路とボストンを南北と東西に横断するインフラ整備は、見方を変えるとこれらのイノベーション・ディストリクトを空港や都心部とつなぐネットワーク形成のためのプロジェクトもあったと言えます。
イノベーション・ディストリクトの構成要素について、整理してみました。
これら7つの要素が必要条件になると考えています。
私の研究室で「ミドルスケール」と呼んでいるのですが、ウィーンのリンクシュトラッセの内部の地区やパリの15分徒歩圏などに見られる2〜3km四方の地区スケールのプランニングやデザインの手法が日本では乏しいといえます。特に地区スケールの骨格形成に求められるのは、グリーンインフラの概念です。ニューヨークのハイラインをはじめとして、世界各地でグリーンインフラが再整備されています。
そうした点を踏まえて、東京のマスタープランの体系を表しているダイアグラムで、東京都のマスタープランの考え方をみてみたいと思います。
ダイアグラムに示されているように、「『未来の東京』新戦略ビジョン」と「都市づくりのグランドデザイン」の2層構造となっており、その下に都市計画の方針やマスタープランがぶら下がっています。かつては、鈴木都知事時代の1982年に「多心型都市構造」というマスタープランが描かれました。その後、石原都知事時代の2000年に「環状メガロポリス構造」が提示されています。その頃は、アーバンコアに構造をつくる意図がありました。ところが、2017年から「交流・連携・挑戦の都市構造」となり、これが今の東京都の都市づくりのグランドデザインとなっています。構造をつくり出す考え方はあまり見受けられず、デベロッパーを中心に民間が都市開発を促進すると思われる多くの拠点をグランドデザインの中で位置づけています。「未来の東京」戦略という上位計画も、それぞれの地区におけるプロジェクトを位置づける内容になっています。
私の一番の関心事は、米国都市のイノベーション・ディストリクトをモデルとして、東京などでのそれぞれの都市構造を活かした日本版のイノベーション・クラスターをいかにしてつくり出し、いかにして個々のクラスターを魅力的な都市としてデザインしていくのかということです。東京がメガシティとなり得た地理的要因として、奥深い東京湾の存在や広大な関東平野の存在が挙げられますが、それに加えて、明治維新後の都市化の時期が鉄道の発展期や電化の時期と重なり、山手線という世界的にも稀な環状の鉄道の構造で支えられた都市構造が形成されていることを強調しておきたいと思います。加えて、日本独特の大手デベロッパーの存在が挙げられます。一般にデベロッパーは土地を仕入れて開発し、開発した土地や建物を売却して利益を得て一連の業務が完了しますが、東京ではそれぞれの大手デベロッパーが、開発した地区に自らのアセットを持ち、開発した地区のまちづくりに長期的に関わり続けるといった独特の風土があります。
山手線といった環状の骨格構造を活かし、また大手デベロッパーが築いてこられた都市開発とまちづくりの実績と手法を踏まえて、鉄道により相互連関する東京都心部のイノベーション・ディストリクトの形成を構想するにあたり、候補として5か所のポテンシャルクラスターを抽出してみました。
この5つのポテンシャルクラスターを想定すると、それぞれのクラスターの中心から中心に向かう直線で囲まれた三角形の市街地のまとまりを描くことができます。それぞれの三角形の市街地についても、現状の地域特性をもとに今後の発展に向けたテーマ性をもたせることもできるのではないかと考えました。例えば、北側の三角形内の市街地は高齢化が進んでいるので健康をテーマにし、青山・渋谷の東側はスポーツ、六本木・赤坂を含む三角形の市街地は国際、日比谷はエンターテインメント、秋葉原から上野にかけては起業・スタートアップというテーマでリノベーションを含めて再整備するイメージが描けると思います。
また、デジタルサービスによる「DX」と、グリーン化の「GX」、ウォーカブル化の「WX」という「3つのX」によってイノベーション・クラスターを形成していくシナリオを考えてみてもよいと思います。山手線の周辺やその他の地域でも、組み合わせで多様なクラスターができます。新宿、渋谷、下北沢を含むポテンシャルクラスターでは、代々木公園などの公園とともに軸線となる道路も既に整備されており、イノベーション・クラスター内のGXのインフラが既に存在しているとも言えます。
イノベーション・クラスターの形成に適用するデータ駆動型のプランニング手法も研究しています。一般的には、経済成長が進んでいくと環境負荷も大きくなります。それに対して、土地利用データや人流データの分析からダイナミックな変化をとり、PLATEAUなどで視覚的にトレンドを表示することもできます。また、人が都市内を移動するときに、目的地まで自動車で移動した場合のCO2排出量と、公共交通や自転車で移動した場合のCO2排出量が瞬時に比較できると、環境負荷を考慮した移動手段の選択肢を与えることにつながり、移動による環境負荷を下げる行動変容につながっていくでしょう。
開発事業者の行動変容を促すための開発インセンティブ制度も、時代の要請に合わせて改善の余地があると思います。例えば、エッセンシャルワーカーの住居としてアフォーダブル住宅を都市開発対象地に近接したエリアに供給することや、モビリティの施策として、従来の自動車駐車場ではなく、カーシェアのポートをつくることなどを容積割り増しのインセンティブとするといったことです。グリーンインフラの整備やGXを含む公共施策の拡充につながる容積インセンティブ制度は行政において検討して頂く余地があると思います。
出口さんのレクチャーの後、齋藤さんはクロストークを促しました。口火を切ったのは、佐々木さんです。
佐々木:私も東大で受け持つ授業で「イノベーション・ディストリクトをつくろう」として、本郷や駒場のキャンパスを例に何があるとどういったことができるかという課題を出しています。イノベーション・ディストリクトでは、中心に何があるかが問われます。ボストンのケンドールスクウェアで、なぜ企業が高い家賃のビルを借りるかというと、優秀な先生や学生が世界中から集まり、日々新しいことを研究しているMITがあるからです。MITは自ら不動産会社を興し、大学の敷地にオフィスビルを建てて貸すビジネスモデルをつくりました。シアトルでは、バルカンという不動産会社がテック系企業に呼びかけてAmazonを誘致した結果、やはり金融街を超えたイノベーション・ディストリクトになっています。
ここで「ディストリクト」の大きさについて、共有したいと思います。いろんな人に聞くと150ヘクタールから450ヘクタールほど、徒歩や自転車で苦もなく移動できる範囲です。ビットバレー創成期のように、思いついたアイデアを議論するために招集をかければ、30分後に集まれるという雰囲気ですね。ただ、東京都心のマンションは、以前は坪350万円の20坪で7000万円であった物件が、いまや坪600万円で1億2000万円になっています。世界の大都市でも同じように地価の急上昇が起こり、従前の市民は賃貸料が上がって住み続けられなくなっています。欧米ではすでに、アフォーダブル住宅をつくらない再開発は認められません。
齋藤さんはイノベーション・ディストリクトのつくり方について、渋谷再開発協会のアドバイザーでもある後藤さんに意見を仰ぎました。後藤さんは2018年に策定された「渋谷計画2040」の検討に参画し、その一部は渋谷のマスタープランになっています。
後藤:渋谷にあるNHKはコンテンツ力で世界で戦えますし、周りには制作する人たちが住んでいます。大学については、研究機能と教育機能は微妙に異なると思うのですが、いまやパソコン作業をする人は出社しなくてもよく、研究機能は郊外というより都心のオフィスの中にあるといわれています。
スケールの話では、民間のデベロッパーが公共の役割を担うのは無理があると思います。それよりは、大規模な再開発でもビルの裏の地区を少し保全して新旧のリンクを用意したり、大きな地区間のクラスターで低家賃のストリートを残すといった、スケールを変えたアクションを期待するほうがいいのではないでしょうか。
齋藤さんは後藤さんの話を受け、再開発の際には計画地が更地にされてしまうことに疑問を呈します。「築地でも高輪でも、更地にした瞬間に跡地にしかなりません。地政学的なものを壊すとコンテクストがなくなるからです」。今度はこの点で、雛元さんに意見を仰ぎました。
雛元:デベロッパーの限界といいますか、余力がなくなるなかでなかなか手に負えないところがありますね。適切さを越えようとアートを入れる場合も“適切なアート”しか入れられない、という話をすることがあります。誰とやっていくかがとても重要と捉えています。
豊田さんは、アカデミアと企業の両方に席を置く立場で意見を述べました。
豊田:アカデミアと企業の連携は、場所が近ければ成り立つものでもありません。日本では海外と比べて、アカデミアと企業の人的な連携や組織的な連携は弱いと思います。両者の連携を強める仕組みが出ないと、化学反応は起こらないでしょう。
またデベロッパーは特に、土地にハードをつくることイコール都市づくりと考えがちです。これからの都市では、ネットワークとして提供できるシステムのほうが重要になっていくでしょう。例えばタクシーが現代化したUberはイノベーティブなシステムですが、車というハード自体は変わりません。都市も同じことがいえ、スマートシティは見た目の刷新ではなく、古い既存のもののネットワークで価値を大きくすることを意味しています。
ここで山口さんは、渋谷に関連してイノベーション・ディストリクトの話を進めます。
山口:イノベーション・ディストリクトを教材に2018年に渋谷計画2040を策定した際、職住遊の機能を整えるのは半径2.5kmくらいと拡げ、それをGreater SHIBUYAとしました。当時から考え続けている2点に触れます。1点目は、人口の量と密度です。ボストンの人口は都心に約60~70万、都市圏に約300万人、東京は都心に800万人で都市圏に3,700万人。この密度の中、1、2時間をかけて電車で都心に通う方もいて、中心に行くほど地価が高くなる構造を変えることとセットで行う必要があります。それには政策に基づき、不動産業界の常識から外れるものを意図的に当て、特区の容積のようなボーナスのあり方を変えるくらいの必要があると思います。
2つ目は、イノベーション・ディストリクトのアンカーについてです。MITはアンカーとしてわかりやすく、東大発のスタートアップの本郷周辺の集積もおこってはいます。それを後押しするためにも、研究と実業を混ざり合わせること、そして何より、トライして失敗してもそれを讃え、トライし続けてもらえるような風土が必要です。
一方で中さんは、これまでの話を聞いて、エリアの適切な広さには限界があると推察します。中さんは先日オープンした麻布台ヒルズの再開発に関わっていたことから、次のように振り返りました。
中:麻布台ヒルズの再開発は8.6ヘクタールにおよび、完成までに35年がかかりました。長い時間をかけて地元の方々と話して実現できたとはいえ、やはり長すぎるようにも思います。大規模な再開発で時間がかかりすぎると、産業の関わるイノベーション・ディストリクトまでたどり着くのが難しい。また1社の再開発ではどうしても「他社や隣の街と違うことをしよう」という話になりがちなので、まずは新しい視点を入れることを前提にした枠組みで、イノベーション・ディストリクトをどう実現できるのかを考えられるといいと思います。
出口さんは登壇者の意見を受けて、インキュベーション機能について言及します。
出口:世界中から優秀な人材が集まるスタートアップ育成のクラスターを形成する際に必要なのは、人材を育て、スタートアップを手助けするインキュベーション機能です。MITでは、全米のマーケットとつながっているCICというインキュベーション機能を持っています。日本の都市にも同様の機能があれば、ダイナミックに成長していく企業が出てくるでしょう。ただ、アメリカのスタートアップは、一気に数億のマーケットとつながることができるのに対し、日本のマーケットだけでは限界があります。ユニコーンを育てるには世界的なマーケットとスタートアップをつなげていくインキュベーション機能が求められます。
齋藤さんは内需の限界について指摘を受けたことに関連し、戦略特区の容積ボーナス特例で設けられるインキュベーション施設が機能不全を起こしているのではないかと指摘します。
齋藤:インキュベーション施設には世界中から人が来ますが、スタートアップの人たちのコミュニティが街の団体に関わってもらう動きがなく、街には特に影響が及んでいないようです。世界とのハブとしてグローバルに繋がろうというとき、民間同士で繋がって1つの大きなコミュニティをつくるとか、海外とのプロトコルをつくるようなことができないだろうかと思います。
中:私は麻布台ヒルズの前は虎ノ門ヒルズの運営を担当し、CIC Tokyoがオープンしていろんなコミュニティもでき、大規模なイノベーションを起こそうとしていました。でも、もっと街に開く仕掛けをつくっていく必要がありそうですね。
齋藤:成功率が低いホームランを狙うスタートアップは、日本からは出てこないでしょう。ただ、課題に打ち返していくビジネスはスケールする気がしています。地域のフィールドワークをしながら分析し、見出した課題に打ち返しをする人たちも育てていかなければなりません。
佐々木:海外では、役者が入れ替わりますよね。同じ職場で働き続ける人はいません。大学に在籍した後は研究所、民間企業というように、数年ごとに回っていく。そうすると組織ごとに話す術を皆が習得し、「今いる企業であれば3億円出せる」とか、「ここではお願いする役回りだ」というように認識しながら仕事をしている。「自分たちの街を盛り上げる」という目的が明確で、みんなでやろうという雰囲気をヨーロッパでは特に感じるのですね。日本の場合は、役所がやらない、国や法律が悪い、と他人のせいにしてしまう。日本で一番の問題は、雇用の硬直化だと思います。
後藤:日本は比較的穏やかな社会で、課題とイノベーションのチャレンジが見えにくく、何をどうしたいかという課題設定の力が弱いのかもしれません。
豊田:デベロッパーが自らイノベーションに向き合うべきではないでしょうか。考えてくれる人を外部に求めているように見えます。新しいものは許されないという昭和的な風潮を変えるのは、企業の中からではないかと思います。
後藤:街づくりを社内で考え直す機運の高まりには、期待しています。ただ、世の中すべてのことをデベロッパーが引き受けるのは無理なので、アカデミアを含めてどのような機運をつくっていくかでしょうね。
齋藤さんは「オフィス移転も一巡した今、もはやハードウェアのマスタープランをつくる時期ではない」といいます。「産業成長のKPIを設定する戦略的なマスタープランを東京都と一緒につくり、企業同士で手持ちのカードを見せ合いながら、都や国家戦略の照準と合わせてみんなでやっていく。そこに合うところにインセンティブを与えるフェーズではないでしょうか」と投げかけます。
それに対して、世界各国の都市での状況と東京の違いに話が及びます。
豊田:ニューヨーク市は座組を用意したうえで、民間にインセンティブを与えて投資的な視点で推進するのがうまいですね。
齋藤:ただ、ニューヨークではコロナ禍の間にハイラインの周りのコンドミニアムをブローカーが買い、住民を外に追いやってコミュニティを壊してしまいました。ニューヨーク市としては何もできず、元住民から多く訴えられているといいます。東京はそうなってほしくない。
後藤:ニューヨークは、都市計画的な議論をすることが難しい大きさになってしまいました。アムステルダムやヘルシンキ、シアトルといった規模の街は、イノベーション・ディストリクトに正面から向き合えますし、街を盛り上げるために他の都市と組む発想も出てきます。東京も大きすぎますね。自分が住んでいる福岡では、さまざまな企業が束になって街を盛り上げようとしています。さまざまな種類の業種やスケールの企業が混ざって、全体としての議論と同時に、地区ごとの努力がなければ街は輝かないでしょう。
佐々木:後藤さんの発言は核心をついています。ボストンやシアトル、デンバーやフェニックスなどの街は、大都市であっても空き地だらけです。優れた人が音頭を取ってイノベーション・ディストリクトを先導すると、大学や企業が集まってきて「この50ヘクタールの空き地をなんとかしよう」と一致団結します。東京のような高密度な大都市では、イノベーション・ディストリクトの形成はもう無理かもしれません。あるとすれば、川崎の扇島の工業地区のように将来的に必要性がなくなる近接エリアか、地方都市の空き地があるエリアかと思います。
山口:広域で社会課題と産業を結びつけていくには、それを跨る人が大事です。今東京に集まり続ける人たちの力を地方の社会課題に向けていこうという話は、移住や定住ではなく、関係人口をどれだけ我が国の中で広げられるかになるかと思います。渋谷キャストでも100banchでも、デベロッパーアルアルの出来上がった瞬間がゴールでなく、継続的に運営するうちに中の人が繋がっていき、ハブになりました。本当にアンカーになって欲しいのは、「この街が好き」「何かやりたい」という思いで繋がる、見えない有機的なもの、魂のようなものかもしれません。
齋藤さんは渋谷キャストの話が出たところで、渋谷キャストに入るco-labを通してコミュニティづくりをする田中陽明さんに意見を聞きました。田中さんは「co-labはクリエイターのシェアオフィスとして、イノベーションセンターのような役割をワーキングスペースで運営しています。デベロッパーなどからイノベーション拠点の委託を受けることも多いのですが、最終的な題目やゴール設定がないと困ることがあります。例えばスタートアップしたい人を集めるといったときにも、到達ポイントが見えているといい」と指摘します。
山口さんや田中さんの意見を受け、アンカーについての議論が続きます。
後藤:強い芯の周りに、志をもつ人たちが集まる構造が本来の姿です。圧倒的な研究所や製造業は、都心にもできています。こうした企業をきちんと仲間に入れて他のテナントや周辺の企業を結ぶように、イノベーションスタートアップの顔ぶれを考えたほうがよいでしょう。大学は世界と直接つながっているので、新しい組み合わせや結合ができる余地が大きいと思います。
出口:日本は、大企業が力をもっている企業社会です。企業社会の下、企業や行政機関の中でイノベーションを起こす人材を育成することが求められますので、そうした役割を担う大学として、東京大学では2年前からスマートシティスクールという社会人リカレント教育プログラムを始めており、企業や行政機関から受講生を派遣していただいています。また、企業には眠っているデータや、データ化されていないさまざまなリソースがあって、それを活用することがイノベーションを起こすことにつながります。さらに東京にはなんといっても文化的な蓄積があります。歌舞伎があり、クラシック音楽のコンサートをあちこちのホールで聴くこともでき、スポーツ観戦もできる。エンターテイメントの領域でのイノベーションも考えられるでしょう。
出口さんは続けて、スタートアップを受け入れて育てる受け皿づくりで苦労している状況を伝えます。
出口:大学でスタートアップを育て、増やそうとしても、東京では大学キャンパスの周辺に、リーズナブルな賃料の空きビルがほとんどありません。新築ビルに安く入居させて頂くことは不動産の価値を下げてしまうので、スタートアップがきちんと適正な家賃を支払える仕組みをつくるべきでしょう。スタートアップの株が上場した際のストックオプションを上手く活用する考え方もあるでしょうし、古い建物のリノベーションを進めて供給を増やす考え方も含めて、大学とデベロッパーが一緒にスタートアップの収容場所をつくり上げていくことが求められています。
後藤:受け皿の話は、住宅とセットでないとうまくいかないでしょう。終電を逃してもラボから10分や20分で帰宅できる住宅がいります。日本では建物用途が複合といいながら積層になっているだけなので、本当は異なる用途間で人が動ける構造が必要だと思います。
中:デベロッパーの枠組みを超えて、エリアをつなげることで見えてくることがあるでしょう。一方で、10年前には見えていなかったデジタルの力や街をつなげる力をもって、うまくやりたいところです。
齋藤さんはここで「中心で旗を立てる人は誰ができるのか」と投げかけます。
出口:街ごとの特性を理解しているそれぞれの自治体であると思いますが、そこで一番の課題は、東京23区の境界線で区切られた区単位の自治体がそうした役割を果たす機関になるのは難しいことです。区をまたぐようにクラスターが形成されてもクラスターのエリアをカバーするサービスの提供者にはなり得ません。例えば、自転車のシェアリングもコミュニティバスも、区をまたぐことが難しい。事業者に対するサポートも、区によって異なると聞きます。もう少し言うと、区に固定資産税の徴収権がないため、再開発事業をいろいろ頑張っても東京の都税になり、交付金で戻ってきても100%ではない、という税制や財政の仕組みも関係してきます。こうした課題を解くことには時間がかかるので、民間で区をまたいだクラスター形成のモデルをつくるという発想のほうがいいように思いますが、いかがでしょうか。
齋藤:行政区でやろうとしても、20年待ちになるでしょう。僕も民間だと思いますが、都市戦略と都市開発がレイヤになった、同じ案を持つ必要があります。
山口:基礎自治体の税の話と同様、デベロッパーが減税のような容積以外のトリガーを求める話も続くとして、今は、まちに関わる人全てができることを挙げていくことからかなと。渋谷区さんとは住民に閉じない「渋谷民」を打ち出せましたし、「この街によくなってほしい」という想いで、地元商店街や企業が集える環境を拡充し続けていくことだと思います。
齋藤さんは議論が深まったものの、規定の時間が迫ってきたことから、登壇者に感想や提言を促しました。
豊田:具体的な一歩を踏み出すしかないと思います。自分は、以前の回で出た「都心の再開発の勝ち組を地方に持っていく仕組みをつくるべき」という発言が記憶に残っています。例えば容積プラスのために、地方の街に少しでも予算が付けば地域が回ります。行政や都市を超えた緩いスマート化は、小さなものであれば今もたくさんできるはずなので、アイデアをどんどん具体的に出すことで、風穴が開いていくのではないでしょうか。
佐々木:今何ができるかというと、人材の流動化でしょう。スポーツのクラブチームのように、レンタル移籍をして成果を上げることを条件にしてもいいと思います。例えば、所属する企業の理論だけでは立ち行かないときに「自分が東京都の都市整備局に行ってなんとかする」という人がたくさん現れるといいですね。
後藤:東京は情報通信、金融、研究の産業があり、加えて大きな製造業があるユニークな街です。国際間での競争力が問われているので、域内だけでなく域外で稼いだ外貨をどこで使うかの議論が必要だと思いました。
中:タウンマネジメント、エリアマネジメントに関わってきて、街づくりの仕事が面白いし、いろんな人と一緒にやっていけたらと改めて思いました。もっと広いエリアで考え、新しい人たちと話していきたいですね。
山口:先日、大田区さん・国土交通省さんと、宇宙からiphoneまで、欠かせない部品を作る町工場視察をしました。今や顧客接点上位の産業構造となり、クオリティに見合う対価を得られていない中、他とどう組み合わせて日本の産業の核として興していくか、改めて課題認識しました。
出口:スタートアップのエコシステムを含む生態系は、狭いエリアだけをみて考えていては創り出すことが難しいと思います。デベロッパー各社には、自分たちの開発敷地の外にも目を向けていただきたいと思います。また今日は話題に出ませんでしたが、地域の安全性も非常に重要です。地域の防災計画を含めて建物単体ではなく地区単位など、大きな枠組みで考えていくことで、対象地域に対して将来的な期待値を上げることと、安全性を上げることとを両立させるビジョンをつくっていかなければなりません。
齋藤さんは「産業の生態系のテーマを通じて、さまざまな方向から議論を深めることができた」と振り返りました。「プラットフォームができても、どう使いこなすか、具体的にどう進めていくかというアジェンダが必要です。そのなかでイニシアチブをもつのは一つは行政ですが、成長のためには既存の生態系に、草の根的な活動が重なっていかなければなりません。民間の一人ひとりが街づくりに関わらなければならないという思いを強くしました」と締めくくりました。
「周年祭」から始まった本企画は継続的に開催され、今回が10回目という節目の回となりました。齋藤さんは「202X URBAN VISIONARYは、渋谷キャストからも独立した企画として予算を付けていただいているので、今後も続けていこうと考えています」と、さらなる議論の展開に期待を高めて終了しました。
Text:Jun Kato
Photo : Kazuomi Furuya