2019年3月25日、渋谷キャスト ステージにて、トップクリエイターや編集者、都市開発に関わる運営者を交えたトークディスカッション「クリエイティブ思考で未来の都市を考える(仮)」公開企画会議が開催されました。本イベントは、昨年4月に渋谷キャストの開業1周年を記念して開催されたトークディスカッションから発展して生まれたもので、来場者を巻き込んでの白熱した議論をたっぷりお届けします。
会場に入ると、登壇者5名が囲むテーブルが中央に置かれ、さらに周りを聴衆が取り囲むレイアウト。これは「公開企画会議」の名の通り、普段の企画会議をそのまま見てもらおう、そこに聴衆も加わってもらおう、という開催者の狙いが現れたものです。
【登壇者】
齋藤精一氏(株式会社ライゾマティクス 代表取締役)
豊田啓介氏(noiz 共同主宰)
山本恵久氏(日経 xTECH/日経アーキテクチュア編集委員)
水口貴尋氏(東京急行電鉄株式会社)
田中陽明氏(春蒔プロジェクト株式会社 代表取締役/co-lab企画運営代表)
クリエイター、編集者、ディベロッパーそれぞれが見る都市
企画開催者の春蒔プロジェクト代表・田中陽明氏は冒頭の挨拶で、「都市はみんなのものなので、自由にディスカッションできる場にしたい」そして、「クリエーターがビジョンを提案し、その目標に向かって開発者が集うことに意義を感じている。様々な利害を超えた繋がりをつくっていくのはクリエイターの役目だと思う」と語りました。この会では、都市開発にはビジョンを共有しながら進めることが大切と捉え、ビジョン決定までのプロセスを共有したい、としています。
続いて田中氏は、渋谷キャスト1周年祭時のトークディスカッションと同じ顔ぶれとなる登壇者を紹介。4月に行われる開業2周年企画でのディスカッションに向けた内容となることが示されました。
渋谷キャスト総支配人の水口貴尋氏(東京急行電鉄)は、2周年祭では「リーダブル」をテーマに掲げていることに触れ、渋谷キャストが目指す姿を実験の場として積極的にアウトプットする予定であることを紹介。「新しい街の使い方や見え方を感じてもらえれば」としました。
「デベロッパーでも設計者でもなく、俯瞰的に物事を見ている」と田中氏から紹介された齋藤精一氏(ライゾマティクス)は、デジタルなクリエイション表現の第一人者。建築がベースにあり都市計画や再開発案件にも関わるなかで、「街について普段断片的に話していることを、今日はまとめていきます」と話した。
続けて紹介された豊田啓介氏(noizパートナー、gluonパートナー)はコンピューテーショナルデザインによる建築デザインの先駆者で、2025年の大阪万国博覧会では招致会場計画アドバイザーを務めています。「これまでに煮詰められてこなかった内容についても、この会議で議論することで価値を見出すことができるのではないか」と期待を語りました。
激変する東京の姿を克明に伝える『東京大改造マップ』(日経BPムック)の企画・編集を担当する山本恵久氏(日経 xTECH・日経アーキテクチュア編集委員)は、「毎年内容を更新し、俯瞰的に都市開発の状況を知るためのメディアとして認知されています」と語り、本会議では実際に動いている都市の様子とリンクしながら発言されることが予期されました。
そして田中氏の主宰する春蒔プロジェクトは、クリエイター専用シェアオフィスco-lab(コーラボ)を企画運営していることから、都内の大規模開発数カ所でブランディングディレクションを手掛けているといい、本会議でも内容をまとめながら進行していくことが示されました。
東京の都市風景に対する疑念から生まれた齋藤氏の提言
まず田中氏から掲げられたのは、以前からの議論の中で齋藤氏から頂いた「日本の都市開発はもっとディベロッパー間で議論したほうがいい」という提言です。この内容を念頭に置きながら、まずは登壇者が最近の活動内容を話すことが促され、齋藤氏から話が始まりました。
現在は神奈川県の葉山町に住んでいるという齋藤氏は、通勤で高速道路から見える東京の景色や軌道までが日々変化していること、また多くの街でオリンピックやその後に向けて開発が進んでいることを挙げつつ、「このままでいいのだろうか?」と疑問を抱くといいます。というのも、開発ではビルの中層フロアにインキュベーションセンターやクリエイティブセンター、市民ホールなどを入れたり、公開空地を設けたりする事例が多いものの、建物の容積率の緩和を受けることが第一の目的となり、「とりあえず設ける」風潮があるのではないか、というのが齋藤氏の見方です。
英国の建築家集団アーキグラムのいう「都市のメディア化」に影響を受けた齋藤氏は、「現代の都市開発は超複雑系で、建物だけの計画であっても、例えば自動運転や地方創生なども絡んできます。どうせなら、いろんなことができるはず。企業が競合して別々に開発を進めるよりも、文化創造やロボティクスなども一緒にしたほうがいい」と述べ、4月のディスカッションでは「自分が妄想する東京都市計画を出そうと考えています」と発言。また齋藤氏は、都市開発に関わるデベロッパー、行政、クリエイターの各プレイヤー間に温度差があり、自身が間に入ることで円滑に進めようとしています。
その具体的な近年の活動として、齋藤氏はデータの共有化とプラットフォーム化を紹介。『Shibuya 3D Underground』では渋谷の地下を3Dでデジタルスキャンし、データをダウンロードできるように。NHKと協働して進める『1964 TOKYO VR』は、1964年当時の写真を3D化してVRで体験できる試みです。「ブロックチェーンの仕組みを使えば、競合する企業間でも情報のシェアは可能。企業ごとにつくるものを、共有しながら経済圏をつくる必要があります」としました。
大半のモノにデジタル実装される未来に対応した都市開発
豊田氏は最近、デジタル技術で設計と施工に関わる以外に、「gluon」として建築・都市を軸にしたコンサルティングを行っています。「20〜30年後の都市計画や生活プラットフォーム、製品などを演繹的に考えて落とし込んでいます」と語った。豊田氏は世界の経済動向を振り返り、1990年頃まではものづくりのメーカーが世界を席巻した後、90年代からは情報に価値が移り、情報プラットフォームが台頭したことを分析します。
Title JPN:1980年以降のグローバル企業の世代的変遷
Title EN:A Generation Diagram of Global Corporations after 1980
credit: noiz
URL: https://noizarchitects.com/
「しかし、モノを扱わなければ高い価値を生み出せないことから、第三世代のプラットフォーマーと呼ばれるAmazonやアリババといった企業が出現しました。さらに第四世代としては、UberやAirbnb、WeWorkなどが、既存の都市にある不動産や不動産に準じるものを、価値や機能側を編集して移動させることで、本来は動かないモノが動くかのような環境をつくることが行われています。この流れで第五世代は、既存の都市領域を複合的に扱える情報プラットフォーマーになるはず」と指摘しました。
また続けて、「第三世代や第四世代のプラットフォーマーは圧倒的な資金力で第五世代を取りに動いていますが、モノのつくり方やモノに宿る属性、その背景や歴史の使い方を意外なほどに知らない点が壁になっています。取り残された第一世代のモノにまつわる情報が金鉱脈になりつつあり、情報化の共通言語を持つことで第五世代にジャンプする可能性があります」とも指摘。
一方で、Googleやアリババなどが莫大な資金を投入して実現しようとしている「スマートシティ」は、都市全体をデジタル化することでサービスを提供しようというものです。豊田氏は、既存のモノをデジタル実装する際には 「コモングラウンド」にする必要があるといいます。
これは、モノ側にもセンサーやマーカーが設置されて情報とインタラクティブな状態であること。これまでになかったサービスができ、経済的な動きの根本が変わり、プレイヤーの仕組みも変わる未来を予測します。ただし人間と違い、デジタルエージェントと呼ばれる自律走行やロボット、建物にインストールされたAIなどは、モノは何かしらのかたちでデジタル記述されるまでは認識されることがありません。
「デジタルエージェントの視点で理解しやすく街をつくることが大事になってきます。Googleなど一社の寡占状態は反発を受け、ヨーロッパのような自治体主導型は技術力やスピード感に劣る面があるなかで、日本では企業連合体として複数の領域が結束すれば、世界的に見ても最先端の知見と資金が集まるだけの体力がかろうじて残っています。また、企業が集まるときにはオープンであることが前提になるので、寡占されることがないものができる可能性があります。そうしたとき、万博のような旗印があるのはいい機会。会場を構成するプロセスや、つくった後にどれだけ可能性を残し、インタラクティヴで離散的で流動的な都市計画ができるかを考えています」としました。
加えて、「都市で所有やシェアの形態が動的に変わっていくなかで、どのようなシステムをデザインし、そのなかでの経済活動はどう変わっていくかといったことを今からモデルとして構築していかないと、例えば2035年の都市開発には間に合いません。うまく考えていくには、デベロッパーが個別に取り組むのではなく、資本や技術、実装機会をもっと大きな視点でつくることが必要なのではないでしょうか」と齋藤氏の提言を強く推しました。
都市開発する上で、容積率の次の価値観はどこにあるのか
山本氏は『東京大改造マップ』について、「変貌する東京の姿を知りたいというニーズは根強いようだ」と手応えを語りつつ、取り上げているプロジェクトは延べ面積が1万㎡以上の規模のもので、実際には1万㎡未満のプロジェクトも数多く進行し、よりダイナミックに街が動いていることを説明。また、誌面の企画では「都市再生」プロジェクトをテーマとする座談会を収録するなかで、2002年制定の都市再生特別措置法の下で運用される「都市再生特別地区」や、より手続きをワンストップ化する「国家戦略特別区域(特区)」による都市開発の功罪も取り上げたと語りました。
「対象となる地区では、都市計画上の用途や容積率、高さなどの規制をいったん適用除外とし、改めて、そのプロジェクトの特性に応じて設定し直します。都市に対する貢献の度合いに応じ、容積率の上乗せなどを行って推進するものです。民間の力を活用して競争原理を働かせるものなので、プロジェクトごとに最適化がなされたとしても、各地区の開発事業者の間で連携して都市の魅力を高める、という方向には行っていません」
「誌面で企画した座談会で指摘があったのは、都市全体の計画は本来、マスタープランの下でコントロールされてきたものです。ただ、2000年代、10年代の都市再生プロジェクトの動きを見る限りでは、特定の再開発事業などの魅力を高める『プロジェクト主義』に転換したので、都市全体としての強みをつくる俯瞰的な視点が弱まっていった。だから1つには、マスタープラン的なものによる誘導を再評価し、似たような都市開発プロジェクトが乱立しないよう、一定のコントロールをしてはどうか。もう1つには、都市に対する貢献のインセンティブを容積率に終始させず、別のものに広げていけないか。そんな議論が前面に出てくる局面になっています」と投げかけました。
地図制作:ユニオンマップ
出所:日経アーキテクチュア別冊ムック『東京大改造マップ2019-20XX』
これまでの話を受けて、水口氏はデベロッパーの立場として「不動産投資事業モデル」を説明。ある敷地に対して、どのような土地利用をすれば最も不動産価値として収益が上がるかを考え、それに基づいて用途や床面積を決めて開発をするといいます。建物はマーケットの価格や想定する賃料をもとにつくられるため、個々の敷地を超えた総合的な議論にならないという現状を解説しました。
また、特区で複合的な大規模開発を行う際には「最有効使用」というモデルがあり、例えば地域社会に貢献する用途の施設などをつくることで容積率のボーナスをもらう仕組みがあることを紹介しました。これも基本的には単体の敷地の場合と同じで、どのようなものを建てればどれほど収益が上がるかで検討されると指摘。
「改めて振り返ると、思考回路がまったく違うところから始まっています。デベロッパー間で調整して、まちづくりを計画的にしていきましょうと呼びかけても、根付いた思考回路を切り替えるところから始めないとなかなか難しいと感じています。右肩上がりで成長している時期には問題がなかったかもしれませんが、これからはいよいよ真剣に考えなければならないフェーズになっています」としました。
登壇者の活動、また立ち位置や視点が明らかになったうえで、いよいよ議論は活発化していきます。後半では、企画会議の様子を各登壇者の発言を追いながらお伝えします。
ゼロから発想する「アート思考」で街を考える
田中氏から改めて示されたのは、先の提言「日本の都市開発はもっとディベロッパー間で議論したほうがいい」でした。これまでの話で示されたように、以前は行政がマスタープランを描き、民間がそれに沿って開発を進めていたものが、再生特別措置法以降は個別のプロジェクト型に変わり、自分たちの敷地を自分たちで考えて開発することをよしとしたために、全体をどうするかという視点が不鮮明になりました。「再生特別措置法から20年近くが経ち、いまや連携しようにもできない状況にあるとはいえ、やはり全体を見通したときに何かしらのビジョンは必要で、それを共有しながら進めることが大切なのではないでしょうか」と田中氏。
硬直した状況を打開するため、田中氏は「アート思考」という概念を紹介します。「ゼロから発想してものを生み出せる人をアーティストと呼ぶとすると、ゼロイチで都市を考え、ビジョンを提案することが今の時代には重要なのではないでしょうか」と投げかけました。アートが問題提起をしてデザインが問題解決をし、ビジネスで社会的に認知普及し、さらに政策が、人間にとって不可欠な文化芸術として定着させ、再びアートに結ぶことで循環する姿を示しました。「既成の領域を横断しながら物事を考える齋藤さんや豊田さんには、4月26日のトークセッションでも提案を投げてもらえないかと考えています。セッションではデベロッパーや行政の方もお呼びし、建設的な話し合いの場にできればと思います」としました。
齋藤氏は、トークセッションまでには『東京大改造マップ』で作成されたExcelデータを山本氏から預かり、ビジュアライズすること考えていると発表。「自分の妄想で、都心部はこういうふうに発展してほしいというマスタープランを描きたいと思っています。今はどの街でも集客を考えているようですが、昼間人口が多い街では、夜は暗くてバーやパブがいくつかあるだけでよいかもしれません。『この街はこんな発展の仕方がある』と示してみたいのです。そこから『ウチは違うんだよ』という意見が出てくることを期待しています」。
豊田氏は、渋谷CASTで外装のデザインを担当した際、すべての構想を実現できたわけではないことに言及。「仮に法律などの規制がない前提で夢想した『ハイパーCAST』の案を、周年祭の展示で見せることができればと考えています。スマートシティのプランニングでも、ひと昔前の都市計画に比べると圧倒的に高次元な状況にあります。異なる場面では相互に矛盾することが出てきて、なかなか一つのかたちに落とし込むことはできません。そうした状況を、CASTを通して可視化できればと思います」と語りました。
「アート思考」には、捉え方に違いがあることにも触れられます。齋藤氏は、アートとビジネスとの間には違和感があるとしつつ、「デザイン・シンキングの時代は終わり、クリエイティブ・アクションの時代が来ています。とりあえず1回やってみよう、失敗したら変えるなり引っ込めたりすればいいという考え方です。街でも、どんどんアクションを起こすことが大切ではないでしょうか。
一方で不動産事業や東京のまちづくりの構想はビジネス色がとても強いので、事業計画の前提を論破して覆すこともできるような、マーケティングとアート思考の両方を持つ人が求められています」としました。田中氏も「経済原理がわかったうえでのアート思考はあると思います」と加えました。
豊田氏は「アートという言葉を、理屈でないものでジャンプする、曖昧さがより大きな価値を生み出すという可能性を指して用いているのであれば、今テクノロジーやビジネスとしてロジックがある先に、『コントロールできず曖昧さを許容するときに複雑系が生み出しうる何か』が可能性だと思っています。巨匠アーティストがかたちを出すというより、もっと集合的なものが生み出す知や価値を探すという意味では、アート思考なのではないでしょうか」と別の観点を提示。同時に「でも水口さん、そうした動きに『乗ります』とは言えないですよね?」と振りました。水口氏は「どのような形に現れるかが見えてこないと、どうしたらいいのかとなってしまうでしょうね」と、開発側の意見を代弁します。
似通った街の開発にならないために
ここで齋藤氏は山本氏に「東京大改造マップ」で見られた今年の傾向を尋ねました。山本氏は「都心3区のうち、大丸有の整備が進んだ千代田区の開発は少し落ち着いたようで、進行中の大規模プロジェクトの総延べ面積は江東区に抜かれています。一方、地下鉄新駅のできる虎ノ門や、JR新駅のできる品川の巨大開発が進行中の港区は、総延べ面積の面では突出した数字になっています」
「江東区の大規模プロジェクトには五輪関連が多く、渋谷区の各所の大規模プロジェクトも五輪開催までにかなり完成するので、以後はボリュームとしては少し落ち着くのかもしれません。これも座談会の際の議論ですが、開発のインセンティブの面での『ポスト容積率』の話を含め、『都市としての成熟』というフェーズを意識する必要があるのではないか、と感じます」と変化の節目にあることを振り返りました。
齋藤氏は海外の行政の方々と話すと、彼らは東京の都市開発では地震に対する耐震化や上下水道の整備など、建設技術の高さを口々に語ることを紹介。「一方で、現状のまま都市開発が進めば、容積率を目一杯とってカーテンウォールで仕上げた、CADとCGの産物のような建物が並んでしまう」と危惧します。
齋藤氏が最近注目しているのは、若手建築家の地方での活躍です。「数年をかけて開発を進めてきた地域独自の成果が出ているのですが、その波が東京にも来るときには、民間がブロックチェーンで情報共有する仕組みは適していると思います。また何千億円という大きな規模の開発であっても、企業のなかで誰が関わっているかが明記されれば、途方にくれることなく方向性が見えてくるのかもしれません」と可能性を示しました。
水口氏も、開発主体の顔が見えにくいことに同意して「コンサルタントの総体も見えません。大手組織設計事務所の都市部門の方々や専門の都市コンサルタントが入っていても、可視化されないためです。ここに、全体ビジョンが見えにくい開発の原因の一端があるかもしれません」と指摘しました。
齋藤氏は、コンサルタントからの提案に安易に倣うと、地域が違っていても似たような街ができてしまうことを危惧。これからの開発では「人間らしさ」が重要な視点ではないか、と投げかけます。
豊田氏は「人が働く拠点を選べるようになると、それらしくつくられたフェイクのような場所がたくさんできていくでしょう。そうなればなるほど、もともとその場所にあった歴史の蓄積や価値が、劇的に向上するはずです。今の再開発では壊したほうが経済的なリターンを得やすいとみなされますが、長いスパンで見たときには残していくほうが価値をつくり、差異は大きくなるでしょう」と予測しました。
水口氏はそれに対し、仕組みづくりがやはり必要ではないか、という見解を示します。「行政サイドも特区で容積ボーナスを与えるというとき、類似の事例を求めると新しいものはできません。例えば歴史的なものを残すというガイドラインをつくり、代わりに隣の敷地では経済活動をサポートするボーナスを付与するような仕組みが考えられます」と具体例を示しました。
齋藤氏は「まさに、そこをキュレーションする人が必要です」としつつ、「今の時代、すべての人が従うべき法律を施行するよりは、一人ひとりのための分散化されたルールがオプティマイズされてもいいわけです。街では文化を積み上げてきた場所があっても、再開発にかかるとリセットされがちです。耐震基準やハザードマップに則って、良い建築も簡単に壊されてしまう。それを再現しようとしても、舞台のセットにしか見えません。地域の建築課や東京都、国交省などがマスタープランをつくらないと、何も残らないでしょう」と再び警鐘を鳴らしました。
豊田氏がここで引き合いに出したのは、容積率の移譲についてです。「私がSHoP時代、ニューヨークのThe Porter Houseというプロジェクトの設計にかかわった時には、隣地の歴史的建造物指定の指定を受けて容積を使いきれない敷地の容積を買い取り、同時に6フィートまで隣地の空中にはみ出してよい権利も買い取り、19世紀の倉庫ビルを保存することに対する補助、アベニューとストリートそれぞれからのセットバック距離などの要件をそのまま形にしてデザインしました。それがデザインバリューとなり、貸出の坪単価も上がったのです。日本では古いものを残しても、対価が入ってこないことは問題です」と実際的な施策の例を挙げました。
街のデータをまちづくりに活かすには
ここで水口氏は、会場の聴衆者に意見を仰ぎます。一人は「歳を取っているおじいさんは偉い、という価値でいったん街を見ることができたらいいなと思っています。東京のありとあらゆる建物、木や石も、年齢をデータ化してみます。スクラップアンドビルドのなかで生き残っているお年寄りは偉いと価値付けし、まずは残してみる。擬人化してみると、個性があるほうが楽しいですよね」と投げかけました。
齋藤氏は「年齢も1つのパラメータだとは思いますが、文化度のスコアリングは必要でしょうね。街の価値を決めるのは求心性を持つ文化度ですから」としました。
豊田氏も「税率用に誰かが決めるものではなく、ユーザーの使い方によって、流動的で動的なスコアリングのポイントとして出てくる『にぎわい度』のようなものをAIにかませることができると面白いです。にぎわい度の蓄積をしていけば、文化度や社会貢献度がエリアや建物に指標として取り入れられるでしょう。それが高く維持できていれば税制優遇されるような仕組みは、できそうな気がします」と予見しました。
齋藤氏は水口氏に「東急では今、人流解析やICT化などを進めようとしていますよね。場所による価値を見出そうとされているのでしょうか?」と質問します。水口氏は「そうです。データを評価し、次のまちづくりに生かすとなると『いい建物が残っている』といったことが指標になるのではないかと思います」と。答えました。
豊田氏は「去年のトークセッションでも話題に出ましたが、行政の指標を待つよりも、東急が先行してやったほうがいいのではないかと思います。そのほうが話が早いですし、実効性をもてば周りも追随するでしょう。普段とは違うバリューのところに流れる仕組みを、価値モデルとしてつくっていただきたいと思います」と要望を出しました。
齋藤氏も「綺麗なものも汚いものも含めて、街に蓄積された文化が流れてしまったことは残念です。日本では文化を司る国の機関がなく、文化を背負う大臣もいません。だからこそ大阪万博では日本の文化をもう一度構築し、再スタートを切る格好の機会だと思います。『こういう街にします』ということは、行政の合図を待っていても時間がかかるので、民間で始めたほうがいいでしょう」と同調しました。
別の聴衆者は「Ingressなどのデータを生かして、シミュレーションでどこまでできるのかに興味があります。点群データを取った街では、パラメータの操作で『ここはファッションの街にしたらどうなるのか』などと試すことができるかもしれません。資金についても連携できれば、すごく面白いのではないかと思います」と期待を現しました。
齋藤氏もその可能性に理解を示します。「街にはパラメータが膨大にあります。ハードウェアだけでなく人の流れ、PASMOのデータ、通行データも気象データも…と、取れるなら全部ほしい。その複雑なパラメータから、最終的にアルゴリズミックに、SimCityの実践版のようなものができるかもしれません。自分は最終的に判断するのは人間ではないかと思っていますが、いろいろなデータを一気に集めて閲覧して評価することにはすごく興味があります」。
ただし齋藤氏は、データの共有化にはハードルがあることを示します。「POSデータの端末をつくる会社と話すと、自社ではデータを閲覧できても、データそのものは自社のものではないので留めておくことはできないというのです。その情報自体が外に出ると、自社のマーケティング情報が外に出てしまう、というのが理由です。結局、みんなが同じ器に保つことができない。POSのデータは誰かが見ても、どこかで維持されもせずに捨てられている状態です。経済産業省が物流の最適化を進めるというのであれば、国が集めて1カ所にデータを貯めるほうがいいですし、建設のBIMや点群データの情報なども集めるべきだと思います」。
豊田氏は、統計的な解析の結果から属性や動向を読み取ることの難しさを指摘します。「解析の結果からは、意外なほどに比較可能なパラメータを必要な量、継続的に確保することは難しい。また、それを解析する評価関数も、時代とともに変わっていきます。現状の開発では統計を取るには規模が小さすぎ、研究者やプレイヤーがほぼいない状態ですから、そこに投資をする感覚をデベロッパーにはもっていただきたいですね」と期待を込めて語りました。
続けて豊田氏は「スマートシティの話で可能性を感じるのは、例えば東急ではプラットフォームを持つと、都内だけでなく沿線の離散的なつながりがわかることです。全体の流通を考えるなかで、例えばヒカリエ単体での収益が落ちても構わない、というような判断ができるでしょう。もしデベロッパーが協働できなくても、それぞれのデベロッパーが異なるプラットフォームを立てて違いを出すと、会員カードのように住むプラットフォームや働くプラットフォームを選べるようになり、その時に初めて統計的な選択や要素化ができるようになるのではないでしょうか。デベロッパーのフィールドが、土地縛り、建物縛りではない状況に移行していくのが必然な中で、非物質的なプラットフォームという特性を活かすことは今後とても重要な可能性だと思います。」と意見しました。
齋藤氏は「今しなければ手遅れになる」と語ります。「『100年に1度』と言われる再開発で、ロジスティクスの最適解を生むためのインフラやエネルギーについては、今だからこそ実装すべきでしょう。これから建築の確認申請を出すのであれば、10年後に必要なインフラを入れておいたほうがいい。連合が難しければ、各社が考えるものでもいいので今のうちに入れておかなければ、似たような施設がたくさんできていくなかで価値が下がってしまうでしょう。せっかく同じお金を出すのであれば、最適解を見出すべきだと思うのです。情報開示にしても、競争原理のなかでは難しいのかもしれませんが、デベロッパー同士で話し合うことはできるでしょう。『そちらがつくる1万㎡のマイナスは、どのようなものを想定しているのでしょうか? モーターショーをするのであれば、ウチは小さめにしておくのでサテライトで使ってください」というような、簡単なやり取りでいいのです。今度、私が東京のビジョン的なものをつくって見せたいというのは、『こういうデータが集まれば、こんなビジョンが出てくるかもしれない』ということをわかってもらいたいからです」。
事業者間の連携が難しいとはいっても、どのような方向に行けばよいか議論するための材料がないわけではないと山本氏は指摘しました。「国家戦略特区のプロジェクト提案に関しては、首相官邸ホームページに公開されるので、その一分野である都市再生に関しても、どんな動きが起こっているかは把握できます。それぞれの事業者が、都市に対する貢献をどのように考えているかも分かります。私たち自身がユーザーであり得るわけですから、『あちらでこういう動きがあるなら、こちらはこうすればいいのではないか』という関心を持つ人が、もっと増えてもよいのかもしれません」。
まだまだ話は尽きませんが、所定の時間が過ぎてしまいました。田中氏は「4月26日には『202X URBAN VISIONARY』というタイトルで、さらに深堀りしたいと思っています。このトークセッションでは今日のメンバーに加えて、大手デベロッパーの方々や行政の方にも参加いただく予定です。またインスタレーションとして、齋藤さんと豊田さんのインスタレーションや展示をこの会場で行う予定です」と予告して締められました。
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終始、中身の濃い内容が続いたトークセッションは、数々の課題を浮き彫りにしながらも、未来へとつながる街づくりに対して強くインパクトを与えるものでした。2回目となる今回は、会場の聴衆者の意見も交えてさらに広がりが出たことも印象的です。近く、4月26日でのトークセッションと展示にも期待が膨らむ公開会議となりました。